狭い店ながらも、グランドピアノに囲まれた日々を送っている。毎日そのピアノから音が鳴らない日はない。誰かが必ず弾きにやって来る。それは幼い子供達であったり、ピアノの先生であったり、お客様であったりする。特に子供達の手によって奏でられる音は素直で邪気がなくきれいな響きで実に心地良い。

あるピアノメーカーがパンフレット用写真を撮るため、プロの商業カメラマンに撮影を依頼した際、グランドピアノのあまりの美しさに驚愕されたと言う。グランドピアノ独有の流麗な曲線美、周りの全てを映し出してしまう鏡面仕上げられた漆黒塗り、黄金色に輝くフレーム、白と黒が均一的に配列された鍵盤、どのアングルからレンズを向けても今まで出会ったことがない程の見事なフォルムにときめかれ、「全く素晴らしい」との感想を漏らされたそうだ。
ピアノの創世期の頃は半円形であったり四角ばった形状もあったようだが、ある時代からこの形となって久しい。ただアートピアノと言った特殊なデザインや各メーカーやモデルによって微妙な違いはあるものの概ね同じある。さしずめ当時グッドデザイン賞が存在していたら間違いなく受賞していたであろう。

また、グランドピアノはどんな部屋に置いてもその空間を豪華に彩る。存在そのものが芸術品と言った風格と高貴さがある。カメラマンが言う「どんな製品よりも美しい」。そしてそれから聴こえてくる音もまた美しくなければ、似合わない。いつも綺麗に研かれ、正しく音の調整が施された状態でパートナーを待つ。ピアノは感情を持った生き物のようでもある。パートナーの手綱如何(弾き方)ではどのようにも反応する。素晴らしい走り(音)で応えてくれる場合もあればその逆もある。何とも魅力的である。もっとも、ピアノに限ったことではなく、バイオリンやチェロと言った弦楽器、フルートやサックスフォーン、ホルンと言った管楽器もまた同じように美しく、パートナーによってそれを倍加させる。グランドピアノはその大きさと色彩のコンビネーションからも正に極みと言っていい。
いいパートナーにめぐり会ったピアノを、搬入作業で手垢のついた塗装面をきれいに拭き上げる時間こそ、何物にも代え難い至福のひと時である。

さて、もう直ぐ学校を終えた子供達が今日もまたグランドピアノに会いにやって来る。気のせいか、レッスン室のグランドピアノがにこやかな笑みを浮かべながら姿勢を正したようだ・・・
この35年間、私どもを取り巻く環境は予測を超える大きな変化を遂げた。
団塊ジュニアと言われた現在のアラフォー世代がピアノ適齢期を迎えた1980年代、国内には大小合わせて数十社にも及ぶピアノメーカーが林立し、ブランド数においては300以上を数えた。
大手2社による寡占状態の中、真っ向から対立する安売り店が全国に乱立し、毎週末の新聞紙上では華々しいバーゲン広告を打ち出し、互いに誹謗し合う激しい販売闘争を繰り広げた。しかしながら年を追う毎に進む少子化の波によって販売数は減少の一途を辿り、一時的に栄華を極めた激動の時代は終焉を迎えた。その結果、中小ピアノメーカーも量販店も一気に淘汰され、大手も大幅な減産と合理化を余儀なくされた。私共もその渦中、大きな余波に見舞われ幾度となく経営危機と挫折を味わうことになる。何とか乗り越えてこうして今日あるのも、偏に全幅の信頼を寄せるスタッフや周りの方々の大きな支えの賜物であったと言える。「神様は本当にいらっしゃるんだ」と思うような出来事を幾度となく経験した・・・
もとより、1976年の創業当時26歳であった私は、人として経営者として、音楽に関わる者として必要な知識、それら全てにおいて無能であり未熟であった。当然の試練と言える。一貫して自分を支え続けたものは、この仕事こそ「天職」だとの信念、そして現在も相も変わらず末席に位置する当店を信じてピアノをお求めいただいた数千軒にも及ぶお客様への感謝と責任である。
やみくもに売り上げや利潤追求に奔走した自己中心的な喜びから、人に喜んで貰えることが自分の喜びとして捉えられるようになるまでに15年の時間を要した。
この20年、いいお客様、いい環境、いい仕事に恵まれ、精神的なゆとりもできて、充実した毎日が過ごせるようになった。
今後もより優れた品質のピアノを、信念を持ってご案内し行くことを使命として真面目に務めて行きたい。
今日も元気にピアノのおけいこに励む子供達に感謝。これからも共にピアノを楽しみ、生涯のパートナーとしてお手元でご愛用していただくことを願う。
現在の店舗(ビル1階)と創業から9年間過ごした旧店舗(左側のシャッターが閉まっている所)